新聞掲載記事から転載しました。 日本経済新聞 2001.09.27



「イワシの団子汁」

小泉 武夫さん(東京農業大学教授)


 幼年にして魚が大好物になり、少年の時にはもう魚のうまみを覚え、青年になったらば魚の興味まで知ってしまってからは、肉より魚を主に動物性たんぱく質として摂取してきた。だから、今はもう五十歳の半ばを超したこの味覚人飛行物体だが、相も変わらず魚介には目がなく、日本にいる限り一日三食のうちニ食は魚を欠かしたことはない。朝に食うのは目刺しやアジ、イワシの干物、塩サケ、塩ホッケなど。夜は酒の肴(さかな)に煮魚、焼き魚、刺し身あたりが定番だ。
 こんな魚介類依存症候群の私であるので、魚の真味については大体悟ってきたつもりであるが、実は先日、我が厨房(ちゅうぼう)、食魔亭でこしらえたイワシの団子汁を賞味してそのおいしさに"舌舞落頬"した。
 新鮮なイワシを買ってきて、親指でワタを去り、それを手開きにして中骨を除く。そのイワシを包丁でたたき、細かくしてからすり鉢に入れてすりつぶし、滑らか具合になったところでおろしショウガの搾り汁と酒を加え、小口切りしたアサツキ、塩、みそ、小麦を加えてさらにすり混ぜる。このイワシのすり身は適宜の大きさに丸めて団子にし、それをなべに煮立てた湯に入れてゆで、浮き上がってきたのをすくい取る。別のなべに千切りしたダイコンをたっぷりの出し汁で煮て、これにイワシ団子を入れて四、五分煮てからしょうゆ、酒、塩で好みに味を調えて出来上がりだ。
 そしていよいよ至福町一丁目一番地での賞味の時となった。まず汁をすすると、濃厚にして強烈、痛いほどのうまみが口の中の天井や奥の方を刺激し、次にフワリと崩したイワシ団子の小塊を口に含むと、そこからはじんわりとしたうま汁がわき出てきて、鼻からは隠し味のショウガの香りがポッと入ってきた。ああ,これぞ真(まこと)の味わいか。悟らせる味か。




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