新聞掲載記事から転載しました。 日本経済新聞 2002.07.04 31面



夏のアマダイ

小泉 武夫さん(東京農業大学教授)


飯を呼ぶ上品な西京漬け

 アマダイの旬は冬と相場が決まっていて、いずれの美味魚の本を読んでみても冬旬魚である。ところが食べ方にもよるようで、実は先日、私の厨房(ちゅうぼう)「食魔亭」の子分である(つまり私は親分である)福井県敦賀市の駅前にある魚屋の大将(子分でも大将になれる)辻正則さんが「親分、夏のアマダイの西京漬けです。賞味してみてください」という書状を添えて宅配便で送ってくれた。出来のいい子分を持つと親分はうれしい。
 その西京潰けは、白甘味噌(みそ)である西京味噌を包んだガーゼとガーゼの間にアマダイの切り身があって、品.良く漬けてあった。それを取り出し、強火の遠火でじっくりと焼き上げて食べたらば、いやはや腰が抜けるほどの美味であった。ひょっとすると冬期のアマダイにも負けてはいないなあ、とも思った。
 冬旬のアマダイの味噌潰けは京都で何度か食ったことがあるが、それにも引けをとらない。さすがに名親分の子分ともなるとなかなかやるものだわい、と子分の腕の良さに大いに喜んだ次第だ。
 焼き上げてまた切り身の表面がプチュプツと鳴いているものを金串(くし)から外し、その熱いうちを飯のおかずにしたのだ。
 切り身を箸(はし)でちぎって口に入れると、まず、火で焙(あぶ)られてできた表面や薄い皮の部分の、あめ色のところから香ばしいにおいが鼻に来た。次にアマダイの肉身はホロホロと崩れてから、とたんにそこから実に上品な甘みと、そして、淡泊なうまみとがわき出してきて、口中にそれが広がってきたのであった。その双方の品のいい味に、一今度は味噌の重厚にして甘辛い味が重なる。さらに次には、アマダイの皮と肉との間にひっそりと重層されていた脂肪(あぶら)身が溶け出してきて、それが全体を包むようにして覆うものだから、口の中には今度は、はっきりとしたコクみが広がってきたのであった。
 その絶妙の味が飯を呼ぶものだから、すかさず炊きたての飯を口に入れてかんだらば、ややっ!何ともすごいことに、その飯からわき出た甘みが、アマダイと味噌からのうまみゃコクみと混然一体となって、更なる美味の境地を成すのであった。
 やはり、上品な食材の下ごしらえには品のいい材料が合うもので、淡泊さと上品さに比類無しといわれるアマダイのみそ潰けをこしらえるには、赤味噌や田舎味噌では迫力が強すぎて、やはり上品さではこちらも類(たぐい)稀なる西京味噌が合うのだろう。そのあたりをよく知っている出来のいい子分は、いいことを教えてくれたわい。




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