新聞掲載記事から転載しました。 日本経済新聞 2001.08.08 (木)28面



「うるかの快楽」
小泉 武夫さん(東京農業大学教授)

燗酒にぴったり、鮎の腸の塩辛

「○○」「暁川」「潤香」。
さて、これらの熟語を何と読むのでしょうか。いずれもみな同じ読み方です。はい、そちらのお父さん!
 「え-と、イルカ」。ビビー!!一残念でした。一字違い。正解は「うるか」です。
「うるか」はアユ(鮎)の腸(はらわた)や卵巣、白子などの塩辛の総称である。すでに奈良時代の「播磨国風土記」に「宇留加」という文字が見える。「子うるか」は卵巣だけの、「白うるか」は白子だけのもの、「切り込みうるか」は魚体と内臓の切り込みだけの塩辛だけれども、やはり「うるか」と言えば主体は「泥うるか」と「苦(にが)うるか」だ。「泥」の方は腸(わた)や内臓をよく洗わずにつくった塩辛、「苦」の方は洗ってつくった塩辛。
 「暁川」と書くのは、未明の川でとったアユのはらわたを最良とするところからきた俗称で、その理由は、アユは昼間に食べた川藻の中に混入していた土砂を夜のうちに吐き出すから、暁の川の獲物は、はらわたが清浄だ、というところからきたという。粋ですなあ。
さてさて、アユの名所に行くと、どこでも「おれのところは日本一だあ、文句あっか!」なんて威勢のいい話ばかり耳にするわけだがくそんな幾つもの日本一の名所の一つから今年も「苦うるか」が届いた。毎年注文しているのだが、やはり苦うるかが私の口に合うし、今年のものはひと嘗(な)めしただけで、うまい!とうなったほどの当たり年であった。
 早速、夜を待ってその苦うるかを肴(さかな)に日本酒を飲(や)った。苦うるかを肴にした時には、いくら夏だといっても決して冷酒は禁物で、どんなことがあっても燗酒(かんざけ)に徹しなければならない。それは、冷酒だと苦うるかの苦みと生臭みが、口と鼻と酒杯に付いてしまい、たちまちにして相思相愛たるべき酒と肴の間柄は幻滅の悲哀を迎えるからである。
 苦うるかは肉厚の志野焼の小皿に盛り、酒は純米酒にした。最近、純米酒は端麗辛口のものが流行しているようだが、こと苦うるかとなると豊満濃醇にして程よい酸味と丸みがあり、たっぷりと熟した純米酒が似合う。それには、我が輩の実家の酒が一番で、それをぬる燗にしてコピリンコ、コピリンコと飲った。実は正直言うと、今どき、実家のこんな昔酒などあまり売れないので、少しでも消費拡大にと飲んでいるのだ。ところがどっこい。鯛(たい)や平目の刺し身にはどうも似合わない酒だけれども、苦うるかには誠にもってどんぴしゃり。酒を生かすにも肴、肴を生かすにも酒なんですねえ。



注):「○○」は

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