新聞掲載記事から転載しました。 日本経済新聞 2003.03.27(木)  34面
食あれば楽あり



「大正エビの塩焼き」

小泉 武夫さん(東京農業大学教授)


むき身とみその天然美味
 市場の特売日に頭も脚も付いた二十五センチもある大型の大正エビを買ってきた。新鮮で手に持つとずっしりとする感じがあって、これはきっと美味エビであるぞ、と思った。
 さっそく塩焼きにして食うことにした。頭も脚も殻も、何もかも付いているままのそのエビを金串(かねくじ)に刺し、塩を振ってそれを強火の遠火でじっくりと焼き上げた。エビの殻はみるみるうちに真紅の美しさに変わり、焼き上がるころにはまぶしいほど鮮やかな赤一色に染まっていた。焼いている間、殻が焦げた部分からはずっと香ばしい匂(にお)いが鼻をやさしく攻めてきて、その食欲をそそる匂いは腹の虫をグーグー鳴かせ、涎(よだれ)を口中、あふれんばかりにした。
 焼き上がって、まだエビの表面がヒューヒューと鳴っている熱いうちに金串から抜き、それを皿にのせて、ひと呼吸置き、焦る心を無理やり落ち着かせてから、左手に頭部、右手に尾部をつかみ、互いを引っ張ると、ホコッという感じで頭部と胴体部が離れた。その瞬間、離れ目のところからほんの少々、白い湯気がふわりと立ってきた。
 そこでも焦らず、落ち着いて右手の胴体部を皿に戻し、左手に残った頭部をちらりと見た。すると離れ目の丸い筒のようなところから頭部の中の方がよく見えて、そこには山吹き色のみそ、正しくは肝臓と膵(すい)臓なのだけれども、それがびっしりと詰まっていた。これは当たりだ、いいエビだと思うと、とたんに胸がドキドキし、顔がポーとあかく染まるのがわかった。そして、離れ目の円い筒にいきなり口を付けてから、チュウチュウと吸いはじめた。
 すると、みその部分がドロドロとした感じで口の中に移ってきたので、今度は親指と人差し指を使って頭部を潰(つぶ)すようにしたならば、中に入っていたみそはすべて口の中に入ってきた。それをじっくりと味わうと、もう腰を抜かさんばかりのおいしさであった。
 特有の脂肪からくるコクみと、みそそのものの濃厚なうまみと甘み、そして殻から入ってきた焦げたところからの香ばしい匂いなどが相まって、そこには天然美味の境地があった。
 皿に置いていた胴の方は、丁寧に殻をむき、それを丸のままかじりはじめた。口の中はエビの甘みであふれ、それを持った指もべとつくありさまであった。こうして一尾をじっくりと賞味し、二尾目は、頭部から搾り出したみそを小皿にとり、胴体部からのむき身をそれに付けながら食ったらば、腰抜かす寸前に両方のほっぺたを落としてしまった。




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