新聞掲載記事から転載しました。 日本経済新聞 2001.10.11



ピンクの「筋子飯」
小泉 武夫さん(東京農業大学教授)

北海道の釧路で北の洋(うみ)の魚介を扱う角谷益三さんの工場で鮭(サケ)の最前線を見せてもらった。一日に何十トンと入ってくるとれたての鮭の雌の腹を割くと、それはそれは巨大な卵膜に包まれた卵巣がビロローンと出てくる。その卵巣に塩をしてから圧し、筋子(スジコ)にするか、また卵膜から一粒ずつ離してイクラにする。
その新鮮この上ないイクラに醤油(しょうゆ)を加え漬け込んだイクラの醤油漬けは絶妙であった。丼(どんぶり)に盛った熱い飯の上にぶっかけて食べたのだった。
口に入れると、まず食欲をそそるイクラ醤油のにおいが鼻から来て、そこに炊きたての飯のにおいが重層してきた。そして最初のひとかみで、豊満な卵の数粒が口のあちこちでブチン、ブチン、ブチンとつぶれ、そこからトロリといった感じで醤油に染まった卵液が流れ出てくる。そこに、飯の上品な甘みが絡むものだから、相互の一体感は殊の外よろしく、丼飯はあっという間に胃袋に消えていってしまった。
土産にいただいた筋子も実にきめ細かい味がして、熱い飯のおかずにするとあとは何もいらない。こんなに飯に合うのだからと思い、筋子を大根おろしの中に浸し、卵粒をバラバラにしてから飯に炊き込んで「筋子飯」にした。炊き上がった飯の全体にピンクの色が付いたところを見ると、これはきっと飯粒のひと粒ひと粒に筋子のうまさがしみ込んでいるぞ、と予想したのが正解で、筋子飯もペロリペロリと舌の上を滑って顎下(がくか)に消えていった。次に、今少しぜいたくしてみましょうとその筋子をみそ汁の椀(わん)種にしてみたところ、これまた味良(みよし)正解入道(真田十勇士の一人、三好清海入道に掛けたつもりだが、ちょっと無理があるかなぁ)といったところで、誠に絶妙な味がした。




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