新聞掲載記事から転載しました。 日本経済新聞 2002.12.12  32面

3度おいしいシジミ

小泉 武夫さん(東京農業大学教授)



吸い物・炊き込み飯にシチュー風

 一つの材料で三種の美味料理をつくってみようと、貧欲(どんよく)に考えた結果、シジミ(蜆)に白羽の矢を立てた。
 買ってきた大きめの粒のシジミを一夜水に入れて泥を吐かせ、それを、鍋にたっぷりと張った水に入れて中火にかけた。貝が一様に口を開けたらば火から鍋をおろし、ふきんで濾(こ)してから汁を鍋に戻す。そこに醤油少々、塩味主体で好みに味を付け、あとは引き上げたシジミを椀(わん)に幾つか盛り、上からそのスープをたつぷりかけ、小丸の麩を浮かせ、サンショウの粉をまいて「シジミの吸い物」の出来上がり。
 吸い物で余ったスープは、それで飯を炊き上げ、蒸らす直前に醤油と味醂(みりん)で煮びたしたシジミのむき身を加えて、よくかき混ぜてから蒸らし、「シジミ飯」の出来上がり。小鍋にスープとむき身を入れ、そこにタマネギの薄輪切りを入れて煮込み、塩で味付けしてから葛(くず)粉をおとして「シジミのタマネギシチュー風」の出来上がり。
 まずシジミ飯をご飯茶椀に盛り、その上にサンショウの小枝葉をのせる。吸い物椀はその脇に添え、隣に小さめのシチュー皿に盛った「シチュー風味」も置く。そして至福の時来る、と相成った。 最初、吸い物椀を手に取り、それを鼻に近づけると、シジミからの潮の香と粉サンショウからの快香がスゥーッと感じた。そして汁をすすると、口中にはあっという間にジジミ特有の上品な甘みと、うまみを伴った特有の味が広がった。何だかとても幸せな思いが心をかけめぐった。
 次にシジミ飯を食った。飯のひと粒ひと粒にシジミの味がからまり、また醤油で炊かれた飯のにおいとシジミの潮の香も混然一体となってからまり合い、胃袋が締め付けられるような快感に襲われた。それをかむと、飯粒とシジミからは耽美(たんび)な甘みと濃厚なうまみ、そしてコクみがしてきて、それに誘われて出てきた、あふれんばかりの唾液(だえき)も混じり合うものだから、口の中はそのうちにトロントロンになった。そこですかさず吸い物椀をとってゴビリッ、と吸い物を飲み、すべてを胃に送り込んでやった。
 シジミのシチュー風は私流の実に簡単なものであったが、これも結構うまかった。タマネギの甘みがシジミの濃厚なうまみによく合い、そこに滑らかなほどの葛のトロミがあるものだから、口に入れて二、三度かむと、もう舌から滑って喉(のど)の入り口まで行き、さらに滑ってあっという間に胃袋に消えていくのであった。シジミはさらに寒に向かい、ますます美味になっていく。



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