新聞掲載記事から転載しました。 日本経済新聞 2002.11.14(木) 35面



「シバエビ甘酢炒め」                  小泉 武夫さん(東京農業大学教授)

弾力残し広がる上品なうまみ

 シバエビ(芝蝦)は今がちょうど旬なので、いつも行く近くの魚屋でひと盛り買ってきた。体長は10センチぐらい。ひと目見ただけで活(いき)のよさが分かった。念のため1匹手に取って、それを指で押してみるとムッチリとした弾力が跳ね返ってくる。念には念を入れて(実は私、このようなものの品定めになると、しつこ過ぎるほど確かめるのだ)、次にそのシバエビを鼻の先に持っていって匂(にお)いをかぐと、生臭みもなく、鮮度の落ちたときのエビの臭みもなく、結局これはよろしいということで買ったのである。
 そのシバエビは全部で15匹あった。よく観察するために倍率2倍(面積4倍)の大きな虫眼鏡でそのエビを見た(私はいつも食べるものに興味を抱くと、このようにじっくりと観察することにしている)。すると、頭胸部や腹全体にごく短い毛がびっしりと生えているのを見つけ、このエビの美味(うま)さはあるいはこの辺に理由(わけ)が隠されているのかも知れないと思った。川ガニ(モクズガニ)でも毛ガニでも、甘くて美味な甲殻類は大概この毛を持っているからである。
 さて、いよいよそのシバエビの料理を我が「食魔亭」でやった。シバエビは通常、てんぷらかそのままを串焼きにするか、あるいはすり身にしてからヤマイモを混ぜてシンジョ(真薯)にし、油で揚げるなどの食べ方があるが、その時はまずそのエビを茄(ゆ)でてから皮をはぎ、その茄で身で料理してみた。実はその日の夜は、沖縄県石垣市の座喜味盛二さん(蔵元)から送られてきたうれしい泡盛の肴(さかな)と決めていたので、その酒に合うよう中華風にしようと考え、チリ風味にした「シバエビの甘酢妙(いた)め」をつくったのであった。まあ中華料理でいえば「エビのチリソース煮」のようなものである。
 さて、いよいよ出来上がったその料理を肴に、南国の名酒、泡盛をコピリンコ、コピリンコと飲(や)った。いやはや実に合いましたねえ、この酒と肴は。互いが妖(あや)しい関係にあるほどでしたよ。茄でたシバエビのぶつ切りはトマトケチャップの赤に染まり、そこに唐辛子のピリ辛がからまる。それを口に入れると、まずシバエビとケチャップ、隠し味の味噌(みそ)の風味が来る。そしてエビをかむと、ポコリ、とした弾力を残して、口中がシバエビの甘さと上品なうまみ、酢の酸味、ケチャップの濃味、唐辛子のピリ辛などであふれ、その美味さは「頬落級」であった。そして酒の後、残った肴を丼飯にぶっかけて食ったらば、そのあまりの美味さに腰を抜かすありさまであった。



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