新聞掲載記事から転載しました。 日本経済新聞 2002.10.10 (木) 28面



カムチャッカの鮭

薫製でトロリ、サーモンの王様
小泉 武夫さん(東京農業大学教授)

 この夏、ロシアのカムチャツカ半島の食べ物に関する学術調査のため、新潟空港からウラジオストクに飛び、そこで国内便に乗り換えて北東へ約二千五百キロ、カムチャツカ州の州都、ペトロパブロフスク・カチャツキーに着いた。日本では、異常なほどの猛暑が続いたが、同じ夏でもこの地の朝はセ氏五度、昼でもせいぜい一二度ぐらいで寒いほどであった。
 町の郊外の、手の届くようなところには、もう海抜三千メートルを超す山々がそびえ立っていて、そこには氷河さえもうかがえる。中でも活火山のアヴァチャ山は、日本の富士山に実によく似た山で、その絶景はあの小泉流でもこの小泉流でも「感動した!!」。
 ペトロパブロフスク・カムチャツキーの町はロシアにとって極東の重要な要塞(ようさい)港であるので、とにかく海の近くにこのような雪山があること自体、それは誠にもって称賛に値する眺めであった。正直申して、その雄大な自然に飲み込まれてしまったと言っていい。
 そのベーリング海を抱く州都からオホーツク海に向けてカムチャツカ半島を横断して、とある寂れた漁村に行った。行く途中の渡る川々には鮭(サケ)が遡上(そじょう)していたので、その村に面する海岸は、回遊する鮭であふれている状況だった。老人の漁師たちが刺し網をしていたので、その網上げを私もさせてもらったが、一綱に巨大な鮭が何本もかかってくる。日本の鮭好きや漁好きの人が見たらば、興奮で失神するかもしれないほどの豊かさだ。
 とにかく鮭、鮭、鮭だった。シロザケ、ギンザケ、カラフトマス、キングサーモンととれる鮭の種類にも圧倒される。しかし、どの鮭もうまかったですなあ。中でも、とりわけ美味だったのは、とれたてのキングサーモンをシラカバの木で薫製にしたスモークサーモン。肉身は赤みがかった代赭(たいしゃ)色で、その怪しげなほどの天然美色は、豊かな脂肪で光っていた。その薄くなった切り身を薫製小屋で賞味したのであったが、口に入れるとまずムッチリトロリとした感覚があって、次にそれをかみ始めると、鼻からは薫製特有のいぶり香がスッと来て、口の中ではサーモン肉の濃厚なうまみに程よい塩味がからみついて、そこに脂身から来たトロリのコクみが混じり合い、悶絶(もんぜつ)ものであった。
 白子(精子)に塩とコショウを振り、それを小麦粉にからめてから油で揚げたものを黒パンにはさんで食った時には、私の両方のほっぺたはしっかり落ちてしまい、舞鼓の舌まで抜けてしまっていた。




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