新聞掲載記事から転載しました。 日本経済新聞 2003年2月13日(木)  30面

ネギ味噌

小泉 武夫さん(東京農業大学教授)



食欲不振に効く簡単料理

 ネギというのは食欲を引き立ててくれるもんですなあ。ネギだけではそうでもないのに、これを刻んで納豆に加えるとか、味噌(みそ)汁の上にまくとかすると、その匂(にお)いが鼻から瞬時に大脳に送られ、その信号はすぐにそこから胃袋に転送されるものだから、あっという間に食の欲が勃隆し、パブロフ博士の犬君のように涎(よだれ)がタラリと出る始末だ。
 実はこの味覚人飛行物体にも食欲不振ということが年に数回はある。考えられぬかもしれないが本当の話だ。二日酔いとか風邪といった体調芳しくない時の不振は別として、食傷気味や激忙過労の時などは、どうも食欲がわいてこないことがある。
 そんな時はネギに頼る。次の二品に頼る。すると本当に不思議なことなのだが、俄然(がぜん)食欲がわいてきて、むさぼるがごとくあっという間に飯を平らげることができるのだから不思議だ。材料はネギと味噌と削り節。そんな素朴な台所常備もので食欲がわき出すとはお安くできている先生だなあ、なんて思う人もいるだろうが、そういう人こそぜひ作って食べてみてご覧なさい。勃隆した食欲は抑えられませんぞ。何せ簡単簡単、誰にでもできる。
 その一はネギを適当にみじん切りして、それを三倍ぐらいの量の味噌に和(あ)え、まな板の上でペースト状になるまで包丁でよく叩(たた)いただけで終わり。つまり「ネギ味噌」だ。
 これを、たき立ての熱いご飯の上にペトーッと塗り、そこから箸(はし)をつけて食う。とたんに鼻からはネギから快香、味噌からの郷愁を誘う匂い、そして飯からの耽美(たんび)な匂いが来る。口の中では微甘を伴った上品な飯の味に、ネギから来た辛みを伴った野趣の味、そして味噌からはうまみと塩味に風格のある奥深い味が、絡み合って複雑に融合し合うものだからたまらない。食欲は不振だというのに、あっという間にお代わり頂戴(ちょうだい)と相成る。
 次も簡単簡単。、同じくネギを刻んで、そこに削ったかつお節か、さば削り節を多めに加え、手で軽く混ぜ合わせ、上から醤油(しょうゆ)を数滴落として、再びざっとかき混ぜて出来上がり。
 これをご飯茶碗(ちゃわん)に盛った熱い飯の上にまぶすように掛けて食らいつく。食欲を奮い立てる削り節とネギ、飯の三種の匂いが混合して鼻孔をくすぐる。そして、削り節の魚のうまみを伴った濃いダシ味がネギの辛みと出合いながら、そこに白飯の淡くせつないような甘みが絡まるものだから、こちらも飯は快速特急胃袋行きと相成る。



[ BACK ]




 
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送