新聞掲載記事から転載しました。 労働新聞 2001.10.29



「松茸・まつたけ」
佐々木 久子さん

急速に涼しくなってきました。山の紅葉も色づいて、自然の染ものの美しさを感じさせてもいます。
 今秋は、雨が多かったせいか、日本の松茸も豊作だといいますから、うれしいことであります。松茸は、帽菌類、欄菌類に属するキノコで、赤松林でなければ生まれてくれません。俗に”匂い松茸、味しめじ”といわれますが、なんといっても松茸は秋の山からの贈り物としては世界最高のものであると信じます。
 ずい分、昔から食べているはずなのに、松茸に関しての古い文献が殆となく、江戸時代に入ってから見られるというのは不思議でなりません。
 本山荻舟著「飲食事典」によりますと、松そのものが陽樹で、見かけは如何にも強そうだけれど実は案外弱質で、陰性の雑木や雑草に囲まれると、成長発育がおそく、そのせいで太古には赤松林などはなかったのだろうと推測されています。赤松は乾燥に強く肥料もいらないので、こまめに雑木林を伐り払ってやると、よろこんですくすく育つと申します。
 広島県の西條や八本松あたりは赤松林が多く香りのよい良質の松茸の産地として知られていましたが、戦後、手入れをする男たちがいなくなり、昭和三十年代に入ってからは松茸が生まれなくなりました。
 実に面白いのは雌松と呼ばれる弱体の赤松が群生しているところからだけ松茸は出ますが、赤松の二代目には生えず三代目に出るそうです。従って、二代目はいつも伐り倒さなければいけない運命と聞いて、なにか苛酷な人間社会にも似ているなど感じます。
ところで、松茸の旨さは焼き松茸ににとどめをさします。それも唯、さいて焼くだけではなく、傘の開いた大き目の松茸をそのまま炭火で焼き上げるのですが、傘の方を炭火にのせます。じっと見ていると、得もいえぬ香りが漂ってきます。
傘の方に焼き目がついたかな、と思うと同時に、これから飲もうと用意していたお酒をそそぎ、醤油をちよっとさして、すだちかダイダイをしぼり込み、そのままガバッと口に入れます。なんという美味でありましょうか。それこ者そ空前絶後ともいえる天下一の味わいで、お酒のハカも進むというものです。
 平安時代の貴族社会では、形の連想から後宮(婦女の合宿生活)の禁句として女房詞(ことば)でマツと呼んだそうです
 作家の杉森久英氏(1912〜1997)と連句を三十年余も御一緒しました。なかなか句が出できません。これを苦吟と申しますが、俳号、黄吉の杉森氏は、どうしても付句ができないと便所に入られます。
暉峻桐雨先生は、「さあ、いよいよ松茸黄吉さんの出番ですぞ」とよく椰楡されていましたが、必ず松茸の入った句を附けられたものでした。
 上気した顔をそむける月のかげ
     円生
  松茸なんど見るも恥かし 黄吉
 因みに、丹生は三遊亭円生師ですが、松茸は高価でも一年に一度は、なんとしても食べたいものではあります…。




注)お詫び:断りなく文中の漢数字等をを変換しました。
[ BACK ]元にに戻る

 
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送