新聞掲載記事から転載しました。 日本経済新聞 2002.xx.xx



「マグロ茶漬け」

  味噌と味醂醤油に行き着

 お茶漬けや湯漬けが大好きなものだから、これまでずいぶんと賞味しては、その度に舌を躍りせ、ほっぺたを押さえてきた。
 通常のお茶漬けといえば、海苔茶漬け、鮭茶漬け、塩昆布茶漬けなどのほかに鯛、佃煮各種、漬けもの、ワサビ、カキ餅などが一般的であるが、私の場合は、あまり知られていない材料で賞味することを心がけているので、実に楽しいのだ。
 これまで賞味してきた中で、美味だったのはウナギ、アナゴ、熟鮨(なれずし)、シラス干しやチリメンジャコ、豚肉甘鹹煮(あまからに)、アサリ甘鹹煮、オキアミのかき揚げ(てんぷら)、カツオ酒盛、キノコの醤油漬けなどであった。
 その中でも、特に美味であったのはマグロの茶漬けてあった。この美味(うま)さにはまって、さまざまな方法でマグロに下ごしらえしては茶漬けで楽しんできたのだが、結局は味噌漬けと味醂(みりん)醤油漬けをしたものが最後に残った。使っているマグロは、スーパーマーケットなどで売っている短冊に切ったもので、それを通常の刺し身よりやや薄く切り、それを漬け込むのである。
 これまでの経験では、マグロは赤身よりもやや脂肪の乗った中トロあたりだと申し分なく、それを切ってからネギ味噌に二日間潰ける。漬け上がったマグロをさっと焼くのが大切で、丼に盛った飯の上にそれを五枚ぐらいのせ、さらにその上に、漬け上げた時に残った味噌を少しのせてから熱い茶をかけるのである。ネギ味噌とは、刻んだネギを味噌に加えて摺(す)ったものである。マグロは表面に火が通ればそれでよく、堅くなるまで焼いては駄目だ。
 味醂醤油漬けは、醤油化に対して味醂三の割合で混ぜ、そこに前述したマグロの刺し身を漬けて二夜置き、こちらは焼かずに丼の上の飯に乗せ、その上から漬け込んで余った味醂醤油をさっとかけ、おろしたワサビをのせてから、熱湯を注ぎ、出来上がりである。
 そしていよいよ至福到来の時だ。丼を見ると、マグロは熱茶や熱湯で白く変色し、飯粒は味噌や醤油の色にやや染まっている。丼を鼻っ先に持って行くと、まず薬味の匂(にお)いが来る。そして、その匂いを十分に吸い込んでからマグロを箸(はし)でほぐすようにして全体にかき混ぜ、えいっ、とばかりにかっ込み始めるのである。すると、飯からの上品無比の甘みが出てきて、そこにマグロからの濃厚なうまみがからみつき、さらには味噌や醤油のかぐわしき香味もぐっと迫ってきて、あっという間に丼は底を見せるのである。

小泉 武夫さん(東京農業大学教授)



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