新聞掲載記事から転載しました。 日本経済新聞 2002.01.10



「正月マグロの至福」
小泉 武夫さん(東京農業大学教授)

正月魚といえば尾頭付きのタイが代表で、伊勢エビも重用され、サケやブリ、タラ、コイなどを珍重するところもある。
 しかし、我が家の正月魚は大体がマグロで、今年の正月もそうした。 あらかじめ旧年十二月に入るとすぐに、友人のマグロ屋に中トロと赤身のマグロを頼んでおいて、暮れも押し迫ったころに冷凍宅配便で届けてもらう。元旦にそれを解凍し、夕方からじっくりと味わって一年の幕開けを致すのだ。
 なぜマグロを正月魚としたかは特に理由はなく、まあ一番好きな魚だ からそうしたのであるが、それ以外に、マグロ屋の主人が友人であるというのも義理人情に厚い私の優しさでもあろう。その正月マグロの食い方は、中トロと赤身のさしみを交互に味わいながら、その互いのすばらしさを鑑賞することから始める。中トロはワサビの辛さなどをけ飛ばして、醤油(しょうゆ)にも半分ぐらいしか染まらせないが、その力強さが良いのか、ちょうどよくコクみとうまみが均衡して絶妙である。赤身の方は逆で、しっかりとワサビを乗せ、ちょんと付けた醤油にも染められて、実に濃いうまみと奥みがあるのだが、切れ味も良く、鼻からくるワサビのツンとした辛みもうれしい。
 次にその中トロと赤身を半々量を角切りし、それにおろした山芋(トロロ)を掛けていわゆる「山掛け」で賞味するのである。上におろしたワサビをチョンと乗せ、醤油をかけてから、ほんの軽くかき混ぜ、トロロの下の方からマグロを引っ張り出して口に含む。すると、瞬時にトロロの耽美(たんぴ)なほどの甘みが広がり、そこに醤油にまみれたマグロのこい味が追っかけてくるものだから、もう至福の喜びを一月一日から味わって、今年もがんばるぞ!という気分になるのでありました。




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