新聞掲載記事から転載しました。 日本経済新聞 2001.10.25



「超美味マグロの頭」
小泉 武夫さん(東京農業大学教授)

「二メートルくらいの本マグロ、重さは二百キロぐらいあるよ。その頭を焼くので食べに来ないか」という電話が神奈川県の三浦三崎に住む友人から入ったのは土曜日の午後だった。「夕方までにおれの船に来いよ」というので、実家で醸した純米吟醸酒二升を下げて京浜急行で駆けつけた。三崎港に停泊しているそのマグロ船に行ったらば、自分の船の上で手を振っている彼がいた。
「どこでマグロ焼いてんの?」と聞くと「こっちだ、こっち」と言って連れて行ってくれた所が、なんとエンジン室から直結する煙突の付け根 であった。何百度という高温にさらされているのに重油のにおいが欠片もないので、理想的なオーブンだということだ。よく焼けているとみえて、既に頭の表面からプップツシューシューと音がする。
それにしても巨大な頭で、目玉も非常に大きい。それから一時間もすると甲板の上にその焼き上がった頭が運ばれてきた。大人の胴体から上ぐらいはあろうというその頭は、実に上手に焼き上げられていた。海の男たちというのは、こういう料理は決してしくじらないのであろう。
友人は、刀のように鋭利な大包丁をそのマグロの頭上からひと下ろしすると、お見事!!頭は真っ二つに割れてゴロンと倒れた。用意してくれた付けダレは生醤油(きじょうゆ)、ポン酢醤油、酢味噌。薬味は練りワサビとおろし大根におろしニンニク。そしていよいよマグロの頭の突っつき合いが始まった。
一番美味だったところは目玉の周辺のブヨブヨとした部位、それに脳天近くにある大トロ以上の神秘的な肉で、口に入れると蕩(とろ)けてしまうその感覚に悶絶(もんぜつ)して、あわや気を失いかねないほどのものであった。聞くとマグロの頭などはほとんど捨てているという。まったくもったいないことだ。




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