新聞掲載記事から転載しました。 日本経済新聞 2003年1月25日(土)夕刊  7面

和歌山の冬の味覚

希少価値、鍋で満喫


「幻の魚」クエ/九絵

甘く、意外に淡泊
勇壮に奉納の伝統も

冬が旬のクエには異名が多い。めったに揚がらないので「幻の魚」、タイをしのぐ美味をたたえて「浜の王様」・・・。古くからの漁場で、伝統の神事「クエ祭」で知られる和歌山県日高町を訪ねた。初めて見たクエの容貌(ようぼう)は魁偉(かいい)で、まさに「怪魚」。こんな面構えの魚が本当にうまいのか。

 和歌山市から太平洋に沿って南に下って約60キロ。日高町は紀伊半島の小さな港町だ。賞味する前に幻のクエにあいたいと思った。
スズキ目ハタ科の海水魚で、本州中部以南、東シナ海や南シナ海などにいるが、漁獲量は減る一方。水温や海流の影響で身が締まるため、熊野灘で揚がるものが最上とされるが、関西で出回るクエにも四国、九州ものが増えている−−。
 クエ祭の氏神、白鬚(しらひげ)神社は日高町・阿尾漁港を見下ろす丘にある。10月の第一土、日に開く、豊漁と海の安全を祈る神仏合体の奇祭で、4百年以上続いている。30キロを超える大物クエの腹を割き、わらを詰め、神輿(みこし)にくくり付けて奉納する。

     ◇     ◇

 しかし、真冬の今は勇壮な祭りをしのばせる物は何もなく、クエの文字さえ見当たらない。浜に下りてヒラメ浦りの網を繕っている人たちに聞いてみても、「めったに揚がらん」「久しく顔を見んなあ」。
 探し回った末、地元の比井崎漁協でやっとあえた。「売約済み」のクエを預かる荷さばき場の水槽にいた。80センチ前後から1メートル2、30センチまで6匹。底の方でじっと動かない。手網ですくってもらうと、茶褐色の身を鋭くくねらせ、水を強く跳ね飛ばした。青ビレが鋭く、下あごが張り出し、ぎょろ目、頭がでかい。
 「クエ食うたら、ほかの魚は食えん」。話は駄じゃれで始まった。阿尾地区の区長、上出貞和さん(65)はクエ祭を準備、運営する責任者の一人で、阿尾で生まれ育った漁師だ。
 民宿「はまゆう」でフルコースを前に話が弾んだ。「地元でとれた魚の中から勢いがよく力が強いクエを選んで神様に奉納することにしたんでしょう」。幼いころからクエはあまりとれず、特別な行事のときにしか口にできなかった。「今は浜値で1キロ1万円。高くて食えん」
 「昨日さばいた20キロの和歌山ものです」と「はまゆう」を営む渡辺厚子さん(54)。まず刺し身。ポン酢に付けると、ぱっと脂が広がる。一度、大阪で食べて脂の強さにへきえきしたが、今度は違った。脂は淡泊で上品、厚めの切り身には弾力があり、甘い。
 鍋の中にごろごろしていた分厚い身が煮上がった。クリーム色でぷりぷりとした歯応え。かむとほろほろと崩れて口の中で溶けていく。皮と身の間のゼラチン質はかなり脂っこいけれど、くどくはない。空揚げとひれ酒はフグよりあっさりしているが、コクがある。「冷凍もんは脂が強すぎる。鮮度のいい、活(い)けに限ります」。上出さんと渡辺さんはこう口をそろえた。

     ◇     ◇

 クエのファンは「食い倒れ」の大阪に多いが、たまにしか入らず、フグやクジラよりも高級イメージだ。「クエっ子が入った」と聞き、大阪市天王寺区玉造元町の魚料理店「いしかわ」に足をのばした。2キロ、40センチの子供のクエだというが、脂が乗りピンク色の肝もみっちり入っている。さばいてもらった。骨が硬く、頑丈な骨格だから、力仕事だ。きれいに解体するには技術もいる。さばき立ての身はつややかだ。
 「脂があるのにしつこくない。活けじめがうまい。1日置くともっとうまい。ごつい(大きい)ともっともっとうまいんやけど」。鮮魚店をたたみ、料理店に転じて30年というご主人、石川貞夫さん(53)は残念がった。クエの味に触れると、いかつい容貌も神々しく感じられる。クエは「神の魚」でもあるのだ。

九州では「あら」
漢字では「九絵」。成魚は沿岸の岩礁や砂泥底にいる磯魚で、6〜8月に産卵する。一本釣りが多く、延縄(はえなわ)に掛かることも。1年中とれるが、身に脂が乗る冬にうまい。
アジ、サバ、イカなど近海の魚を食べるが、海の汚染で餌が減り、大型魚には受難が続いている。生育が遅く、養殖が難しい。和歌山県などが稚魚の放流を始めたが、群れない魚なので、効果のほどは未知数だ。30キロ以上の大物は「もろこ」と呼ぶこともある。
アオナ、クエマス、マハタなど異名も多い。鍋ものや刺し身で珍重するのは主に関西と九州。九州では「あら」と呼ぴ、冬場のちやんこ鍋などでおなじみだ。



*新聞記事の漢数字を断りなく算用数字(アラビア数字)に変換しています。



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