新聞掲載記事から転載しました。 日本経済新聞 2001.08.23



「夏のキンメダイ」
小泉 武夫さん(東京農業大学教授)

静岡県沼津市の友人から、今まで見たこともないほど見事なキンメダイ(金目鯛)が送られてきた。丸々と太っているが、我が輩のようにただ丸みだけが勝っているのではなく、尾や鰭(ひれ)の流れるような形が全体を流線型に構成している。腹の上を指で押してみると、ムッチリとしていて張りがよい。そして、なによりも美しすぎるほどの体色。全体が鮮紅色で目は少し黄金色に輝いていて、包丁を入れるのもためらうほどのまぶしい魚だ。キンメダイの旬は冬だと知ってはいるが、それほどまでに我が輩の舌をそそるのだから、うまくないはずはないと思った。これ、味覚人飛行物体百戦錬磨の経験と直感。
こうして、三枚におろして幾つかの料理で賞味した夏のキンメダイは思った通りの美味であった。まず、刺し身は残暑に向くと思ったので皮霜造りにした。皮付きの背身を盆ざるに乗せ、その上からふきんをかけ、盆ざるを斜めにして尾の方から熱湯をさっとかけた。大層新鮮な身だったので、皮がずっと縮んだところを間髪を入れずに氷冷水に入れ、身をぐっと引き締めてから平造りにした。
これはことのほか美味だった。おろしわさびを薬味に、軽くしょうゆをつけて口に入れてかむと、コリコリシコシコという弾みの中から、えもいわれぬ極上の甘みと上品なうま汁、そして脂肪層からチュルチュルとしたコク味が湧(わ)き出してきた。
そして、その日、一番感動的なほど美味だったものが粗汁(あらじる)であった。頭は切らずに丸のまま、鰭や尾、中骨はぶつ切りにして、みそ汁仕立てにしたのだった。我が厨房(ちゅうぼう)「食魔亭」の主人、すなわち我が輩一人のための今世紀最大にして最高の粗汁をすすった話は、次回までお・あ・ず・け。

「キンメダイの粗汁」   日本経済新聞 2001.08.30

大きな平たいどんぷりに盛ったキンメダイの粗汁(あらじる)は、まさに圧倒されるほどのダイナミックさにあふれ、そして妖(あや)し過.ぎるほどの色合いは幻想的ですらあった。
頭は丸々一個、どんぶりの中央左向きにデンと威厳を持っておわしていて、その辺りにはぶつ切りの甲骨やヒレが控えている。その力強さをぐっと和ませてくれるのがキンメダイの頭の鮮紅色。
まぶしくて目が引き込まれるほどのその赤い色に、具に使った豆腐の白が美しく冴(さ)え、そこにネギの、やや上部付近の淡い黄色がチラリと映り、そして汁全体を味噌(みそ)の黄金色がしっかりとまとめていた。粗汁の表面にはキンメダイから出てきた、球状になった脂肪がキラキラと浮いていて、一層その華やかさを演出してくれている。そして、いよいよ至福の時。
何と申しましても、頭に付いている巨大なほどの白い目玉が我が輩を誘っている。しかし、慌てない、慌てない。まず、その大きなどんぶりを両手で持ち上げて、うま汁をすすった。すると口の中には、濃厚でコク味のあるうまみが一瞬にして広まっていった。そして、頭の一部からはがれたブヨブヨとしたゼラチン質の皮が口に中で甘ったるく漂ってくる。
そして、次に、すべての邪念を振り払って、ただただ心の中をきれいさっぱりにしてから目玉に箸(はし)を入れた。すると目玉は、周りに付いているブヨブヨとしたゼラチン脂肪層をも引き連れて我が輩の口の中にピョロンと入ってきた。そして、脂肪がトロリと流れ出てきて、目玉の白い部分に歯が当たると今度はポクッとした感覚があって、崩れはじめ、すぐに上品な甘みがかすかに出てきた。絶妙至極、妙味極楽であった。




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