新聞掲載記事から転載しました。 日本経済新聞 2002.09.28(土) 夕刊 7面



自然薯

 里山の赤土に自生
とろろ汁人気

 各地の山間部に自生する日本原産のとろろいも、自然薯(じねんじょ)が収穫の季節を迎えた。粘りが強くコクのある味わいが特徴で、とろろ汁として人気だ。だが、折れやすく流通ルートに乗らず最近では、自生している物の入手は難しい。ならば、この手で探そうと自然薯掘りに出かけた。
 鈴鹿山脈のふもとに位置する三重県菰野(こもの)町。ここは肥よくで水はけの良い土壌で古くから良質な自然薯が採れるところとして知られる。地元で自然薯掘りの名人と呼ばれる田尻幸男さん(63)に掘るポイントヘ案内してもらった。
向かったのは田んぼのあぜ道の先にある雑木林。もっと山奥で採れるものと思っていたが、「水はけのいい里山の赤土、特に南側の斜面でよく採れる」と田尻さん。
雑木林を進むと「あのツルだ」と田尻さんが早くも発見。長く伸びたツルに等間隔に生えるハート形の葉と葉の根元にパチンコ玉大の茶色の実、ムカゴが自然薯の目印だ。そしてツルの根元を見つけたら、周辺から慎重に掘る。蛇行しながら伸びる自然薯を折らぬように、スコップや草刈りかまを使い掘ること二十分。やっと姿を現した。
長さ九十センチ。太さ四センチ。持つとずしりと重い。「この大きさなら料理店に出してもおかしくない」。そんな田尻さんの言葉に思わずニンマリ。
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山の恵みに感謝し、掘った後は土を埋め戻すのが自然薯採りのマナーという。土を埋めた後、採れた自然薯を井戸水で洗うと田尻さんが「取り立ては、先端をこのまま食べるのが一番うまい」と先端三センチほどを折って渡してくれた。かむとサクッと音をたて、リンゴのような歯触り。外見からは想像しにくいが、さっぱりしている。
自然薯は日本各地に自生しており、古くからとろろ汁などにして、各家庭で親しまれてきた。特に戦中、戦後の食糧難の時代には重宝されたという。しかし、掘り出すのに手間がかかることから、最近では自生しているのを採る人はめっきり減ってきた。
栄養価が高く「山菜の王様」という別名を持つ自然薯の魅力を知るため、町にある県内唯一の自然薯料理専門店「茶茶」を訪ねた。
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大きなすり鉢を前にすりこぎを回していたのが店主の伊藤寿雄さん(63)。すりこぎを離そうとすると、すり鉢ごと浮き上がってしまうほど粘度がある。伊藤さんは「長期間土の中でじっくりと育つ自然薯は、アクがあるが、外来種の長芋よりもさらに粘りが強く、コクがある」と強調する。
とろろにする際のコツは、毛のような短い根を焼き、皮を削らずにすりおろすこと。皮を残すのは香りとコクを損なわないためだ。
早速、同店の人気料理「とろろ御膳」を注文した。「子供のころ、母親の作ってくれたとろろ汁を再現したかった」。そう話す伊藤さんの「とろろ汁」は特製のだしで割り、モチのような粘りを持つとろろを滑らかにしたもの。濃厚な味でコクがあり、のどごしもいい。
のりで巻いたとろろを揚げた「とろろ揚げ」はからりと揚がった外側ととろりとした内側の二つの食感を同時に味わえる一品だ。香ばしいイモの香りが鼻をくすぐる。
一品料理のムカゴのてんぷらは、ふっくらしたジャガイモのような食感で酒のつまみに合いそうだ。 多雨の年は水分を吸収しすぎて粘度が落ちる自然薯だが、「今年は実の締まったいいイモが育った当たり年」。西日本を中心に夏場に雨が少なかったことから、伊藤さんは今シーズンの自然薯をこう評価する。 自生しているのは、そんなに山奥でもなく、秋になると各地の農協や民宿などが自然薯掘りを企画するケースもある。今や貴重な山の恵みを味わうために、一度挑戦してはどうだろうか。

栽培ものが普及

自然薯は日本原産のつる性の多年草。自生地は本州以南の各地に及び、山間部ではおなじみの山菜だ。自然薯と日本人とのつきあいは長く、縄文時代以前から食されていたという。八世紀の書物「出雲風土記」に登場する「署蕷(しょよ)」という食べ物があるが、これが自然薯のこととされる。
自然薯に似た形の葉を持つ植物にオニドコロがあり、生える場所も近いので間違えやすい。こちらの葉は自然薯に比べて葉の形に丸みがあるので、その違いに注意が必要だ。
かつては滋養強壮の薬としても利用されてきた。今では天然の自然薯を口にすることは珍しくなったが、近年はパイプ状の筒を利用した栽培法が徐々に普及し始めた。地域の土産物や農産物直売店などで栽培ものが販売されている。全国配送を受け付ける農業組合もある。




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