新聞掲載記事から転載しました。 日本経済新聞 2002.10.24  32面



「ホウボウの刺し身」
海底の美食家、期待裏切らず

小泉 武夫さん(東京農業大学教授)


 ホウボウ(魴ぼう)という魚が、いよいよ美味な季節となってきた。海底生活魚なので、腹面は扁平(へんぺい)となり、全体的に縦偏のスマートな形をしている。背や胸にあるヒレは体形に比して大きく、少しとがった口元、堅い頭などが特徴だ。この魚には幾つかの種類があり、ホウボウ、カナド(金戸)、カナガシラ(金頭)は真紅が美しく、奇妙に口が、突き出て、やせたキホウボウ(黄魴ぼう)は薄い茶色に黄の混じった色である。
 味は断然にホウボウとカナガシラに軍配が上がるが、最近はかなり高級魚になってしまったので、そうめったに食えない。その赤い色が祝い日にめでたく似合うというので、東北地方ではその昔、なかなか手に入りにくいタイ(鯛)の代用として結婚式や祝宴の膳(ぜん)にもよくのぼった。
 なにせこのホウボウ、とてつもなく美食家である。水深百メートルあたりの海底にいて、そこにすむシャコ、エビ、カニを主食にしているのだ。何と毎日毎日、シャコ、エビ、カニばかり食べているのですぞ。うらやましいですねえ、憎らしいですなあ、ムサボリッチ・カニスキーあるいは時としてムサボリッチ・エビスキーの我が輩にとっては頭にきちゃいますよねえ。
 そのホウボウ、福島県の小名浜の魚市場に出入りしている友人に頼んでおいたのが三匹、氷詰めになって送られてきた。出てきたホウボウの赤色が美しいことといったら、目がくらむほどである。背あたりを指でぐっと押してみると、跳ね返ってくるほどの新鮮さだ。友人の電話によると、浜揚げされたすぐを氷詰めにしたのだから刺し身が最高だっぺ、ということだ。よし、それではと、一匹を刺し身におろした。肉身は真っ白で、ほんの少しピンク色が付いている。ところどころにある白い層を見ると、脂肪がよく乗っているのがわかる。とたんに、これはすごいぞ、と心が躍り、例によって鼻の孔(あな)から熱い息がプーと出る始末であった。
 そのおろし身を刺し身にし、ワサビを薬味に醤油(しょうゆ)で食べた。ちょんとワサビを付け、醤油もほんのちょっと、ちょんと付けて口に入れてかんだらば、まず特有の上品な甘みが口の中にきて、次にこれまた品のいいうまみが出てきて、さらに脂肪のコクみが溶けてきて、妙味必淡の味がした。また、べっとりとワサビと醤油を付けて、炊きたての飯にそれをのせながら食ったらば、今度は飯の甘みとホウボウの刺し身からの妙味が混然一体化し、とても方々(ほうぼう)で味わえる魚ではない気がした。



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