新聞掲載記事から転載しました。 日本経済新聞 2002.10.26(土)・夕刊  7面


秋が旬
  落ちアユ
夏を過ぎ産卵期に川を下る落ちアユ、子持ちの魅力
味は円熟、食感プチプチ

 アユと言えば、旬の夏にこそ味わう魚、というイメージが強い。しかし晩秋に向かうこの時期、各地の河川では、地元の人々が、腹に卵を抱えた子持ちのアユに舌鼓を打つ。「落ちアユ」と呼ばれる、秋のアユの魅力に迫った。
 アユは海に近い河口で生まれ、一度海に出て稚魚となり、やがて春になると川の上流へ向かって上り成長する。秋風が吹くころになると、産卵するため再び海を目指して川を下り、河口付近で産卵する。落ちアユとは、この秋の産卵期に川を下ってきたアユのこと。アユの名の由来には諸説あるが、秋に川を下る様子から、「落ちる」の古語である「あゆる」が転じてついたとも伝えられている。「落鮎(あゆ)の身をまかせたる流れかな」(正岡子規)とうたわれるなど、落ちアユは秋の季語でもある。
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 九州を代表するアユ河川、五ケ瀬川が流れる宮崎県延岡市は、落ちアユ漁が盛んだ。釣り人たちの夏の友釣りもさることながら、10月から川に設置されるアユやなが、秋の風物詩として知られる。
アユやなは、川の一部を竹のスノコでせき止め、アユを捕らえる代表的な漁法。川の両側から木や竹を並べ水を一カ所に流すようにして、スノコに追い込まれたアユを生け捕る。延岡では三百年の歴史を持つ。 訪れたのは五ケ瀬川の支流である大瀬川の河口に近い延岡水郷やな。「昨夜は約15キロ、数にして150匹近く落ちた」と運営する花畑孝雄さん(58)。山から海に向かって風が吹く早朝がアユが落ちやすい。ほんの10メートル先で、アユの群れがうろうろしているのが水面(みなも)のさざなみでわかるが、なかなか姿を見せない。「人間より賢いからなあ。待っているのがばれてるんや」と花畑さん。この朝は残念ながら1匹も落ちなかった。
 そこで、前夜に捕れた落ちアユを見せてもらった。アユ同士がなわばり争いをするときに闘争心を燃やす目印と言われる、エラの後ろにある黄色い模様が鮮やか。スイカのようなかぐわしい香りがする。腹の部分を指でさすると、ぷくぷくと詰まった感じがある。腹に多くの卵を抱えたメスアユだ。
みずみずしく引き締まった身の甘く淡泊な味わいが絶賛される夏のアユに比べ、落ち鮎は印象が薄い。繁殖期であまりエサをとらなくなるうえ、メスは卵に養分を取られ身が細る。オスも黒ずんでやせていくという評価が一般的だ。
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 しかし、延岡五ケ瀬川漁業協同組合の須田政道組合長(54)は、「落ちアユには、若アユや夏アユにはないおいしさがある。このあたりでは、落ちアユの方を多く食べる」と話す。子持ちという夏アユにはない食感に加え、オスも「身の締まりや甘みに成熟したうまみが加わる」という。「子持ちの感触を確かめるなら、塩焼きを食べてみて」と言う花畑さんの薦めに従い、炭で塩焼きにしたメスの落ちアユを味わう。かぶりつくと、プチプチとした食感が広がった。食べ進むにつれ、白身と卵が口の中で混じり合い、淡泊な味わいに幅が出る。春や夏のアユが、さわやかで若々しい味が魅力なら、こちらは円熟味ある大人のうまみといったところか。
 落ちアユには、夏のアユにはないもう一つの味わいがある。それは、子ウルカと呼ばれる珍味だ。一般的にウルカと言えば、アユのはらわたを塩で漬け込んだ、苦みがある塩辛を指すことが多い。どの時期のアユでも作ることができる。しかし、落ちアユでなければ作れないのが子ウルカだ。アユの腹を割き、メスは卵を、オスは精巣を取り出して混ぜ合わせ、塩で漬け込む。地元でないとなかなか出合えない。カボスを絞った乳白色の子ウルカを口に入れると、山芋のとろろにたらこの粉々した感触を混ぜ合わせたような食感が広がった。塩が、卵と精巣の生臭い印象を消しており、酒党でなくても食べやすい。秋の産卵が終わると死んでしまうアユ。年魚と呼ばれるゆえんだが、落ちアユの味わいには、その短い一生分のうまみが凝縮されているようだった。


江戸期の文献に多くの記述残る

 縄文時代から食べていたと言われるほど、アユは日本人に身近な魚。特に江戸時代の文献には、メニューや料理法について多くの記述が残っており、落ちアユも登場する。江戸料理研究家の松下幸子さん(77)によると、江戸時代の産業史を記した「日本山海名物図会」では、落ちアユの漁法としてアユやなを紹介。様々な料理本に「子持ち鮎」「さび鮎」などと表現される記述がある。当時は、だんだん身が細り色が変わる落ちアユをおいしく食べるため、焼いた身に卵の黄身を塗ってあぷり、山吹き色にしたり、しょうゆを塗って焼くことで色をつけたりしていたようだ。



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