新聞掲載記事から転載しました。 日本経済新聞 2002.04.25 36面



「バカ貝のかき揚げ」
上品な甘み、焼酎と相性抜群

小泉 武夫さん(東京農業大学教授)


 昔、上総国青柳村、今の千葉県市原市青柳で大量にとれたので「アオヤギ」と呼ばれた江戸前の貝がバカガイである。「バカガイ」などと言うよりはアオヤギの方が通りが良いので、今は魚屋でもすし屋でもアオヤギと呼んでいる方が多い。
 どれほどバカな貝なのかを調べてみると、幾つかの説があり、そのひとつは殻から出した赤い部分が、人が舌をだらしなくたらしたところを想像させることから、また、突然驚くと殻を急に閉じ、その時、舌のような部分を切ってしまうおっちょこちょいの貝だからなどである。さらに潮の流れによって場(所)を変えるので「場変え貝」からきたなんていうこじつけた説もある。
 しかし、名前はバカガイであっても、やはりこの貝は天下の美味のひとつだ。実は先日、江戸前富津の産という、まことにもってまぶしいほど新鮮なアオヤギを手に入れたので、それを使ってかき揚げをつくった。小麦粉をざっと水溶きして少々食塩と鶏卵を加え、箸(はし)で少しかき回した。ここであまりかき混ぜると粘り気がでて、揚げるとせんべいのように衣が硬くなるので注意をしたわけだ。揚げ油はもちろんゴマ油。かき揚げにはこの油が実によく合う。油が十分に熱したところにアオヤギを溶き衣に入れてどろりと付け、やや薄衣ぎみにそれを揚げた。
 さて、このようにして揚げたアオヤギのかき揚げの熱いやつを肴(さかな)に、まず焼酎をお湯割りで飲(や)った。箸でちぎると中からフワーと小さな湯気が上がってきて、それを口に入れると口の中が熱い。鼻からは衣がほんの少し焦げた辺りからゴマ油の香ばしいにおいが入ってきて、口の中には、油にまみれたコクのある衣の濃味とともに、アオヤギの上品な甘みがじんわりと広がってくる。そこに焼酎のお湯割りをコピリンコと口に入れると、今度は口の中がキリリと締まったと思ったとたん、焼酎の辛さがアオヤギの甘さと一体化して妙に落ち着いた香味となった。しかし、てんぷらを肴にしたときの焼酎というのは実によく合うので、心まで躍ってしまう。
 アオヤギのかき揚げを肴に焼酎を飲った後は、待ってましたとばかりにお茶漬けである。丼に六分目ほどの飯を盛り、そこにかき揚げを一枚のせると、さっと醤油(しょうゆ)をたらし、上から沸騰する白湯をぶっかけて胃袋にかっこみ始めた。ウグウグウグと歓喜の奇声をのどで鳴らし、舌の上を滑っていくアオヤギと飯の甘み、ゴマ油まみれの衣からのコクみ、そしてたらした醤油のうまみを味わった。




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