新聞掲載記事から転載しました。 日本経済新聞 2003年4月12日(土)夕刊  7面



土佐 初ガツオ あっさりさわやか

藁の火でたたき 臭い消す効果

 「目には青葉」にはまだ早いし、山を鳴き渡るのはホトトギスではなくウグイスだった。でも主役の初ガツオはやっばりうまい。土佐の一本釣りの古里で、「鰹(かつお)乃國」を合言葉に街おこしに励む高知県中土佐町を訪ね、初ガツオの実力に迫った。

 中土佐町地域振興公社が運営する「黒潮本陣」は土佐の海、久礼(くれ)湾を望む場所に建つ、地物の魚料理と温泉が売り物の人気の宿だ。併設する「黒潮工房」(電0889・40・1160)では名物、カツオのたたき作りが体験できる。
久礼漁港で揚がったばかりのピチピチをさばいてもらい、外にある窯でたたく。「たたく」とは焼くこと。眼下には青い海が広がり、ウグイスが鳴き交わすのが聞こえる。風が暖かい。

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 一。弱の木の柄の先にステンレス製の網を付けた「さや」と呼ぶ道具に大きな半身を四本乗せた。結構重くて腰がふらつき、たたきのプロで「工房」の主任、浪上(なみのうえ)千香さん(46)に笑われた。浪上さんは楽々とスピーディーにたたいていく。「腰で手繰り、まんべんなくあぶるのがコツ。生臭さを消すため、特に皮を丁寧に」燃料の藁(わら)の火力に驚く。乾燥した藁が作り出す火は強いが、高カロリーのガスの火と違って、柔らかいので、皮の下の脂を飛ばさず、においを消しおいしさを閉じこめる。
 作業は約二分間で終了。氷で締めずに表面が熱いうちに切って盛り付ける。この方法は通称「ぬくぬく」。皮と身の表面はこんがりで、中身は生のまま。万能ネギ、スライスしたニンニクとタマネギを添え、特製のゆずポン酢で食べる。
 皮の近くに残る脂が身にからんで、ほんのりと甘い。脂は淡泊で口の中で溶けて」いく。臭みはなく、後味すっきり。皮は香ばしくて、身はもちもちと弾力がある。身の色が明るく、いかにも新鮮で若々しい。

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 カツオは熱帯の海から春先に九州近海に来遊、北海道沿岸に向かって北上して、身に脂を乗せて晩夏から秋にかけて今度は南下する。「上りカツオ」を初ガツオ、下ってくるのを「戻りガツオ」と呼ぶ。「『戻り』の脂はしつこい。あっさりして、さわやかな『上り』が一番」と浪上さん。
 工房ではたたいた半身を宅配し、お土産にもできる。浜値で決めるから時価だが、高くはない。相場は一キロ七百〜八百円。愛媛県新居浜市の自営業、新名(しんみょう)慶二さん(49)は大のカツオ好き。「本場の味」を堪能しにやって来た。「新居浜のカツオより香りが高く、おいしい」と話し、半身を四本買った。この時期は東京からの宅配便の注文がどっと来る。

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 久礼漁協に清岡国男組合長(50)を訪ねた。「やっぱり初ガツオが最高」と話す清岡さんの心配の種は水揚げの減少。乱獲や餌のイワシの減少が響き、この二十年で半分以下になった。それでも、元漁師で町会議員の清岡さんは「土佐沖を上るやつは上品な脂ともちもち感がある。日本一上等です」と意気軒高だ。
 久礼の台所、大正町市場に行ってみた。狭い路地を中心に鮮魚、野菜などを売る約五十店がひしめく。「久礼 朝上がり」「朝とれ」の短冊が付いたニキ目前後の小ぶりカツオが並ぷ。白銀色の腹はぴかぴかだ。「鰹めし」の看板につられて食堂「むつみ屋」入った。パック入りのカツオの炊き込みご飯が何と三百円。
 「カツオにニンニクとショウガで味を付け、カツオだしで炊いたご飯と合わせる。少し冷ますとおいしい」。従業員の浜田美恵子さん(53)は工夫を重ねて名物にした功労者の一人。旬のカツオはたたきや刺し身はもちろん、煮ても焼いても炊いてもうまい実力派なのだ。

江戸っ子が珍重
 山口素堂の「目には青葉山ほととぎす初がつを」は新緑したたる清新な季節感をうたった名句だ。江戸っ子たちが初ガツオを珍重したのも、こうした新鮮さ、みずみずしさのためだろう。初ガツオは値が張るが、「女房を質(質屋)に置いても」食べたがった。
 しつこい脂を嫌い、あっさり感を好むのも江戸っ子の気風だ。かつてはマグロも赤身を最上としてトロは一段下に見た。トロが"看板"になった今でも戻りガツオは「脂がくどい」と使わないすし屋も多い。
 カツオはサバ科で暖かい黒潮に乗って回遊する。江戸初期に完成した伝統の一本釣りは、「ナブラ」と呼ぶ魚群を見つけると、イワシを餌にして竿(さお)で釣り上げる。最近では巻き網漁が主流になった。



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